【長野】
【兎川寺 オリジナル御朱印帳】
ステキなオリジナル御朱印帳が
奉製されたという事で
早速、お受けさせていただきましたImage may be NSFW.
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【兎川寺 御朱印】
大河ドラマ
『どうする家康』紀行潤巡
どうする家康ツアーズでも紹介された
石川数正公夫妻の供養塔がある
兎川寺。
「どうする家康」では
重要な役回りで注目を集めた家康の重臣
石川数正公。
石川数正は元々徳川家康の重臣で
家康が今川の人質だった頃から共に過ごし
家康の右腕として活躍していましたが
小牧・長久手の戦いの後、出奔し
豊臣秀吉に臣従。
秀吉から信濃の国を任され
初代松本城主になり
松本城天守を建て城下町の整備に着手。
数正は息子の康長と2代にわたり
23年間松本を治め
松本城の築城に大きく携わりました。
【本堂】
【宗 派】真言宗智山派
寺伝によると
今から約1300年前の飛鳥時代
聖徳太子により創建されたと伝わります。
中世には天台宗、真言宗合わせ
24坊の大伽藍がありましたが
1332年
北条氏の反逆に対し
全国の天台僧徒が比叡山に集まった際
こちらの天台僧徒もこれに従い
全員が武器を持ち参加し
帰る者は一人もいませんでした。
このため天台12坊は廃墟と化し
以来、真言宗のみとなりました。
戦国時代
小笠原氏の祈願寺となっていた兎川寺は
暴徒の侵略により
多くの寺宝が持ち去られました。
1618年
時の住職であった憲俊師により
高野山龍光院に所属し
明治時代初期には
戸田光則が全国的にも例を見ない
廃仏毀釈を断行したため廃寺となり
その後は兎川学校(後の山辺学校)
として利用されましたが
壇信徒の篤い信仰により再建されました。
現在の本堂は
1820年 諏訪の宮大工の藤森広八が
建立したもので
大屋根の棟瓦には火除のため
中国伝説の神獣が飾られています。
【石川数正公夫婦 供養塔】
【住所】
長野県松本市里山辺兎川寺2940
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≪長野・オリジナル御朱印帳≫
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