【滋賀】
滋賀県甲賀市水口町の
国指定史跡
水口岡山城の
ステキな【御城印】![ラブラブ]()

【水口岡山城 御城印】
関ヶ原合戦後
1634年、三代将軍家光は
お城は堀と石垣をめぐらした
その後
維新後は廃城となり
その他
水口岡山城バルーン出現時
のみいただける
御城印もあるそうです![ウインク]()

水口岡山城が築かれた古城山は
標高282mの山。
今までに何度か
段ボールやバルーンで
天守を再現する
「よみがえれ水口岡山城」が
開催されているそうです。
水口は都から伊勢へ通じる
交通の要所にあり
中世後期には
町並が形成されていましたが
1585年、羽柴秀吉の命により
水口岡山城が築かれ
城下町として発展しました。
関ヶ原合戦後
この地を直轄地とした
徳川家康は
水口を
東海道の宿駅に指定し
家康は
しばしばこの地を通行し
宿内にある
大徳寺などに宿泊しています。
1634年、三代将軍家光は
上洛に先立ち
道中となる水口に
専用の宿館を築かせたのが
水口城で
作事奉行には
建築や造園、茶道などで
知られる
小堀遠江守政一が担当。
お城は堀と石垣をめぐらした
本丸と北側の二の丸
からなり
本丸内部には御殿が建てられ
建物構成は
数寄をこらしたものだった
そうです。
その後
城番が管理する番城となり
1682年
加藤明友が入封し水口藩が成立。
水口城は
その居城となり
明治維新に至りました。
維新後は廃城となり
建物や石垣の大半は
撤去されましたが
本丸敷地のみ保存され
1972年、滋賀県の史跡に指定。
1991年、出丸の部分に
矢倉が復元され
「水口資料館」
として開館したそうです。
平成25年から
甲賀市教育委員会により
発掘調査が行われ
石垣跡や枡形跡が発見され
破城の跡が確認。
平成27年4月
平成27年4月
三の丸推定地から石垣や
礎石の跡が
見つかったそうです。
【水口城跡】
払い下げられた
材木(梁)が寄贈されたそうです。
開館時間 9時から17時
月曜日は休館日
駐車場20台分
御城印は
積極的には巡っていませんが
御城印がいただける場所も
かなり増えています
御城印は
お城専用の御朱印帳に
いただいています
また纏めていない場所も
ありますが
今までまとめた
【御城印】
オリジナル御朱印帳も出来ました