【京都】
京都市左京区浄土寺真如町の
真正極楽寺
(真如堂)

閻魔大王から授かった印紋
921年に生まれ
85歳まで生きた安倍晴明。
実は
一度は不慮の死をとげるも
また生き返った
との伝承があります。
真如堂御本尊の脇侍
不動明王は
安倍晴明の念持仏といわれ
「真如堂縁起」には
不慮の死に遭った安倍晴明が
魔大王の前に引き出された時
不動明王がその場に飛来し
命乞いをする様子が記され
閻魔大王は
「是は我が秘印にして
現世には横死の難を救い
未来には
この印鑑を持ち来る亡者
決定往生の秘印なり。
是は汝一人のために非ず。
娑婆へ持ち帰りこの印鑑を施し
あまねく諸人を導くべし」
と言って
「五行之印(決定往生の秘印)」
を授け
85歳まで生きた安倍晴明は
この秘印を
多くの人々に施した
と
伝えられています。
7月25日の宝物虫払会では
この蘇生伝説に基づく
五行之印による
無病息災・長寿の加持が行われ
それ以外の日でも
印紋は
お受けすることができます
※オリジナル御朱印帳も
お受けできます
【総門】
1695年、完成。
真如堂西側の神楽岡の神々が
夜にお参りに来る際
つまずかないように敷居がない
とされ
赤門と呼ばれ親しまれています。
正式名称
鈴聲山真正極楽寺。
正真正銘の極楽の霊地
という
意味を込め名付けられ
本堂を表す
真如堂で親しまれています。
984年
比叡山の戒山上人が
比叡山 常行堂の御本尊
阿弥陀如来を
東三條院 円融天王の寝殿に
堂荘厳を施し安置したのが
はじまり。
その後
一條天皇の勅願寺となり
不断念仏の道場として
浄土宗の開祖 法然上人
浄土真宗の開祖 親鸞聖人
をはじめとする
多くの念仏行者や民衆の
信仰を集めました。
992年
一条天皇の勅許を得て
本堂が創建。
応仁の乱に巻き込まれ
堂塔は焼失。
御本尊は
1468年、比叡山黒谷青龍寺
1470年
近江国穴太の宝光寺に避難。
応仁の乱が終息すると
一条西洞院に
寺地を改めましたが
1484年
旧地である神楽岡に戻り
再建。
足利義政公の菩提を弔うため
室町勘解由小路に移転。
更に一条西洞院に移転した後
豊臣秀吉公による
聚楽第建設に伴い
今出川に移転。
1693年、東山天王の勅で
現在の地に戻り再建。
紅葉の名所として親しまれ
桜や青もみじ
季節の草花の彩りも美しく
一年を通じて
散策を楽しめます
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